牛乳・豆乳・その次へ。アサヒ「LIKE MILK」が目指す、誰もが同じ食卓を囲める未来

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第2章|きっかけは、会社の号令ではなく9歳の女の子との出会い

ーーこのプロジェクトは、どのように始まったのでしょうか。

2023年、アサヒグループでは「新価値創造プログラム」という取り組みがスタートしました。国内の人口減少と飲酒人口の減少を背景に、新たな収益の柱を育てていく必要があったんです。

そこで各事業会社から集まったメンバーでワークショップを開催し、様々な社会課題に対してアサヒならではのアプローチを考えていきました。

例えば高齢者の誤嚥性肺炎を防ぐ飲料や、地場の味噌メーカーと連携した全国のご当地味噌汁を買えるプラットフォームなど、いろいろなアイデアが出ました。その中の一つとして浮上したのが、食物アレルギーへの対応でした。

ーー数ある社会課題の中で、なぜ食物アレルギーだったのですか。

国内外で食物アレルギー人口が増えているという情報があって、社会課題であると同時に、これからの市場としてもより大きくなると考えたんです。

ただ当時は知識がゼロだったので、まずは勉強からスタートしました。ちょうど、食物アレルギーの新規事業を考えている仲間がいて話を聞いてみたところ、「ちょうど来週こどもアレルギー学会というイベントがあるから行ってみたら」と教えてもらって。新幹線のチケットだけ買って、大阪狭山市で開催されていた「第一回こどもアレルギー学会」にふらっと行ってみたんです。

ーーずいぶん思い切った動き方ですね。

本当に知識ゼロの状態で飛び込みましたからね(笑)。でもあの一歩がなければ、LIKE MILKは生まれていなかったと思います。

そこで出会ったのが、当時9歳の女の子、晴(はる)ちゃんでした。晴ちゃんは乳と卵の食物アレルギーがあって、治療のために毎月大阪の病院まで通っていたんです。片道3時間、往復6時間。月に1回のペースで、「経口負荷試験」という治療を受けていました。

経口負荷試験というのは、医師の管理下で少しずつアレルゲン物質を摂取し、体に耐性をつけていく治療法なんですが、かなりハードなんです。アナフィラキシーショックを起こすリスクもあるので、命がけなんですよね。

晴ちゃんはそのこどもアレルギー学会で、過酷な試練に耐えて、ようやく牛乳が5ml飲めるようになったと発表したんです。「今まで食べられなかったチョコレートを食べられるようになりました。すごくおいしかったです」と、喜びをキラキラした目で語っていたんです。

その言葉を聞いた時、感動して涙が止まらなくなっちゃって。
「僕らが当たり前のように食べているものが、この子にとっては当たり前じゃないんだ。こんなに小さな女の子がこれだけ頑張っているんだ」と。食べる自由って、こんなにも大切なものなんだと痛感しました。

そこから「食物アレルギーに向き合う人たちに、なんとか手助けできないだろうか」と考え始めたのがきっかけです。

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アサヒグループのインタビュー記事

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