勘と経験の陸上養殖を、再現可能な産業へ。収益モデルの完成前に走り出した株式会社Niterra AQUAの挑戦

気候変動や海洋環境の変化によって、これまで獲れていた海産物が獲れなくなる時代が現実になりつつあります。食料の安定供給や環境負荷、安全性といった課題を解決する手段として、注目を集めているのが陸上養殖です。
2024年7月に設立された株式会社Niterra AQUAは、日本特殊陶業が培ってきたセンシング技術を起点に、エビの陸上養殖事業に取り組んでいます。当初は水質を測定するセンサーの提供から始まりましたが、自らエビを育て、現場の課題に向き合うなかで、測るだけでは安定した生産につながらないことに気づきました。
そこから、養殖設備、水質管理ソフト、作業マニュアル、現場支援までを組み合わせた事業へと進化。現在は小型養殖システムを通じて、廃熱利用や水処理、エネルギーなどの技術を持つ企業との共創にも取り組んでいます。経験や勘に依存してきた養殖を、誰もが安定して取り組める再現可能な産業へ変えようとしているのです。
特徴的なのは、収益モデルが完成してからではなく、陸上養殖に対して自分たちがどのような価値を提供できるのかを見極める段階で、株式会社Niterra AQUAとして走り出したことです。別法人としての機動力を生かして試行錯誤を重ね、その挑戦は社会的な価値を生み出すだけでなく、日本特殊陶業の社外との接点や企業文化にも変化をもたらし始めています。
株式会社Niterra AQUAは、事業をどのように進化させ、市場ニーズに適応してきたのでしょうか。収益モデルの完成を待たずに会社として走り出した背景と、その挑戦が社会や日本特殊陶業にもたらす価値について、長原氏に話を聞きました。
【プロフィール】

株式会社Niterra AQUA
主管
長原 充幸 氏
日本特殊陶業にて医療機器開発や半導体部品のプロセスエンジニアリング主管を経て、2024年よりNiterra AQUAに参画。製造業で培った技術・プロセス管理力とマーケティングを武器に、陸上養殖事業のビジネス化を牽引。
第1章|なぜ、セラミックスの会社から陸上養殖事業が生まれたのか
──まず、親会社である日本特殊陶業について教えてください。
長原氏:日本特殊陶業は、1936年に創立されたセラミックスメーカーです。自動車のエンジンに使われるスパークプラグをはじめ、排ガスに含まれる成分を検知する車載用センサー、半導体製造装置向けのセラミック部品などを手がけています。
特にスパークプラグは、創立当初から基本的な原理が大きく変わっていません。一つの製品を軸に、80年以上にわたって成長してきた、技術志向の強い会社です。
一方、自動車業界ではEV化が進み、内燃機関を取り巻く環境が大きく変わろうとしています。そこで当時は、情報通信、医療、モビリティ、エネルギー・環境の4分野を中心に、既存事業の延長線上にない新たな事業の創出を進めています。
──そのなかで、なぜ陸上養殖に取り組むことになったのでしょうか。
長原氏:新規事業を検討する際、日本特殊陶業が持つ技術と社会課題を掛け合わせる方針がありました。そこで着目したのが、車載用センサーで培ってきたセンシング技術と、食料生産をめぐる課題です。
最初のきっかけは、事業を起案した社員が、釣りやダイビングを通じて海の変化を実感したことでした。以前は獲れていた魚が獲れなくなり、漁場も変わっている。そうした変化を現場で感じたことから、海産物を安定して生産する方法として、陸上養殖に関心を持つようになりました。
社会課題や市場性は、その後の事業検討のなかで整理されていきましたが、出発点にあったのは、海がおかしくなっているという個人の強い問題意識でした。
──陸上養殖が注目されている背景を教えてください。
長原氏:世界的には、人口増加や水産物需要の拡大によって、将来的にタンパク質の供給が需要に追いつかなくなることが懸念されています。
日本でも、海水温や海流の変化によって、これまで獲れていた海産物が獲れなくなる状況が起きています。天然資源だけに頼らず、海産物を安定して生産する方法を確立することは、企業だけでなく国全体に関わる課題です。
──数ある魚種のなかから、エビを選んだ理由は何ですか。
長原氏:日本はエビの消費量が多い一方で、国内で消費されるエビの9割以上を輸入に頼っています。また、海外の一部の養殖では、マングローブの伐採による環境負荷や、抗生物質の使用に対する懸念もあります。
閉鎖循環式の陸上養殖であれば、水をろ過して循環利用しながら、国内で安定的に生産できます。環境負荷を抑え、安全性と鮮度の高いエビを届けられる可能性もあります。
こうした社会課題と日本特殊陶業のセンシング技術を掛け合わせ、経験や勘だけに頼らない養殖を実現できないか。そこから、陸上養殖事業の検討が始まりました。
