第2回 「おかん」とは何者か ― 新規事業における“見えない機能”

サムネイル記事 第2回 「おかん」とは何者か ― 新規事業における“見えない機能”
  • URLをコピーしました!

新規事業の現場では、事業を前に進めるための戦略や仕組みだけでなく、人と人との関係性を整え、挑戦し続けられる状態をつくることが欠かせない。特に、不確実性の高い新規事業では、不安や迷い、立場の違いによるズレが生まれやすく、それらが積み重なることで、事業そのものが止まってしまうこともある。

本連載で「おかん」と呼ぶのは、そうした見えにくい変化を察知し、感情や論点を整理しながら、必要な人をつなぎ、再び前へ進める状態をつくる存在である。第2回では、なぜ「おかん」という言葉を使うようになったのか、その原点を振り返りながら、新規事業において「おかん」が果たしている“見えない機能”について掘り下げていく。


プロフィール

長峯さんプロフィール写真

株式会社COMMONS-C 代表取締役 長峯志甫

2008年、(株)アイさぽーと(現大阪ガスビジネスクリエイト(株))入社。イノベーター育成の研修プロデューサーとして、MOTスクールをはじめ、人材育成プログラムや異業種交流会の企画・コーディネートなどを担当。2022年8月、創業メンバーとして、大阪大学フォーサイト(株)を設立。経営企画として、会社の基盤づくりを行いながら、人材育成事業の立ち上げを担当。人材育成の枠にとどまらず、イノベーション創出の仕組みや人材育成のコンサルティングを行う。2026年7月、(株)COMMONS-Cを設立し、代表取締役に就任。(株)ママクリエイターラボの取締役の就任をきっかけに、スタートアップ支援にも力を入れている。 


前回、新規事業が進まなくなる背景には、既存事業の合理性と新規事業の不確実性のズレがある、という話を書いた。

あわせて読みたい
第1回 なぜ新規事業は“正しくやっても”進まないのか 大企業における新規事業への取り組みは、戦略やフレームワークを整えても思うように進まない。その背景には、既存事業の合理的な判断基準と、新規事業に求められる不確...

そして、そのズレの間を埋め、挑戦を前に進める存在として「おかん」という言葉を提示した。
すると、多くの人から反応をいただいた。

「うちにもいる」 「まさにあの人だ」 「でも、正式な役割ではない」
そう。 “おかん”は、組織図には存在しない。

にもかかわらず、新規事業の現場では極めて重要な役割を果たしている。
では、おかんとは何者なのか。そもそも、なぜ「おかん」と言っているのか。私の経験を少しお伝えしたい。

約15年にわたり携わったMOTスクールや新規事業創出・イノベーションに関する企業研修で、1,000名以上の技術者と出会ってきた。

すべてとは言わないが、大半の技術者たちが、疲れきって、目が死んでいたのだ。「すごい技術をもっていて、社会を変えるパワーあるのに、もったいない!なんとかワクワクしてほしい!」そう思った私は、「何があっても絶対的な味方でいよう」と決めた。

大丈夫、頑張りと無償の愛で包み込む存在になろうと思ったのだった。そして、「イノベーション界のおかんになる!」と自ら言い始めたのだった。これがおかんと言っている所以である。

今考えれば、求められてもないのに、おせっかい甚だしく、お恥ずかしい限りだ。

ただ、こうして「おかんや!おかんや!」、「一社に一人おかんを!」と言っているのは、新規事業やイノベーションの文脈において、おかんの存在は重要だと感じているからだ。

現在は、さまざまな経験を通じて、おかんとは見守る存在であることを前提として、おかんとは「関係性を前に進める機能」だと思っている。単に場を和ませたり、心理的安全性を高めたりするだけではない。

挑戦が止まりそうな時に、関係性を編み直しながら、再び前に進める状態をつくる“推進機能”である。
ここで大事なのは、“役職”ではなく“機能”として捉えることだ。

新規事業では、表に立つ役割は比較的見えやすい。

例えば、ビジョンを描く人。事業を推進する人。予算を獲得する人。しかし実際の現場では、それだけでは進まない。なぜなら、新規事業は常に不確実で、曖昧で、答えがないからだ。

答えがない状況では、人は不安になる。自信を失う。対話が減る。特に大企業では、「失敗しないこと」が根強く組織に染み込んでいる。その中で、「まだ答えがない挑戦」を進めることは、想像以上に心理的負荷が高い。だからこそ、おかんは“感情”を扱う。

例えば、会議で発言できなかった人に声をかける。何となく元気がない人の変化に気づく。「なんか引っかかってる?」と聞く。それは、対面だけではない。「最近、返信遅いな」、「なんか文章が固いな」、「いつもの絵文字がないな」、「“すみません”が増えてるな」

そんな小さな違和感を、おかんは敏感に感じ取っている。メールやチャットなど、テキストベースのやり取りでも、言葉の選び方や表現の変化には、その人の状態がにじみ出る。

だから、おかんは単に“話を聞く人”ではない。言語化される前の不安や孤独を察知し、「大丈夫?」と声をかけられる存在なのだ。一見すると、雑談のようにも見える。

しかし実際には、そこで事業が止まるか進むかが決まっていることも少なくない。
さらに、おかんはカオスを整理する。

新規事業の現場は、情報も論点も感情も散らかりやすい。
「あの人は何を気にしているのか」、「この議論は何がズレているのか」、「今、本当に整理すべきことは何か」そうしたものを見立てながら、少しずつ前に進めていく。

また、おかんは“つなぐ”。

新規事業では、異なる文化や価値観を持つ人同士が協働する。大企業、スタートアップ、大学、研究者、現場、経営層。 それぞれが違う言葉と論理で動いている。だからこそ必要なのは、単なる調整ではなく、“違う世界の言葉を翻訳する機能”である。

おかんは、その翻訳者でもある。立場や価値観の違いを整理し、「この人はこういう背景で言っている」と意味づけしながら、対話が成立する状態をつくっていく。

そしてもう一つ、おかんには“背中を押す”役割がある。

新規事業では、誰もが立ち止まる。「この方向でいいのか」 「意味があるのか」 「自分にできるのか」そんな不安を抱えながら進んでいる。その時に必要なのは、根性論ではない。なぜ止まっているのかを聞き、整理し、「次に何をすればいいか」を一緒に見つけることだ。

だから、おかんは単なる優しさではない。

挑戦を継続可能にするための“推進機能”なのである。面白いのは、この役割がほとんど評価されないことだ。売上数字にも出にくい。KPIにもなりにくい。

しかし現場では、「あの人がいなくなったら回らない」という状態が確実に存在する。

私は、新規事業において本当に重要なのは、「正しい戦略」だけではなく、「挑戦し続けられる状態をつくれるか」だと思っている。おかんは、その状態を支えている。

次回は、実際の現場で“おかん”がどんな仕事をしているのかを、もう少し具体的に分解してみたい。

サムネイル記事 第2回 「おかん」とは何者か ― 新規事業における“見えない機能”

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!