株式会社リコー新規事業プログラムの「3年目の壁」をどう越えたか。リコーTRIBUSに学ぶ、進化し続ける運営のつくり方

企業の新規事業プログラムは、立ち上げることよりも続けていくことの方が難しいと言われます。
特に多くの企業が直面するのが、2〜3年目に応募数が減少する「3年目の壁」です。
株式会社リコーが2019年に立ち上げたTRIBUSは、社内公募による事業創出と、スタートアップとの共創を同時に推進する社内外統合型アクセラレータープログラムです。
社内のあらゆる社員が事業アイデアを応募できる仕組みと、スタートアップとの協業を通じて新しい事業を生み出す仕組みを一体化させ、同社の新規事業創出を支える重要な取り組みとなっています。
一方で、新規事業プログラムは立ち上げるだけでは機能しません。
応募数の減少、社内の関心低下、運営のマンネリ化など、継続するなかで多くの課題に直面します。
TRIBUSも例外ではありませんでした。
それでも、行動分析、セミナー設計、個別接触、丁寧なフィードバックといった運営の改善を重ねることで、応募数を回復させながら、7期にわたってプログラムを進化させ続けています。
本記事では、TRIBUSの立ち上げ背景から、意思決定の仕組み、支援内容の進化、カタリストという役割、そして応募減を乗り越えた具体的な施策までを紐解きます。
新規事業プログラムを運営する担当者にとって、再現性のあるヒントをお届けできれば幸いです。

森久 泰二郎(もりひさ たいじろう)
株式会社リコー/統合型新規事業プログラム「TRIBUS」運営
2019年開始の社内公募・スタートアップ共創の統合型プログラムの運営に参画。2020年の「TRIBUS」へのリブランディング以降、制度設計・運営・施策実行を推進。

堀井 大(ほりい ひろし)
新規事業Talks 編集長
大企業・スタートアップのマーケティング支援を行いながら、大企業の新規事業担当者に焦点を当てるインタビューメディア「新規事業Talks」を運営。
第1章|なぜTRIBUSは2019年に立ち上がったのか
経営の危機感と「挑戦の場がほしい」という現場の声

堀井:
まず、TRIBUSがどんなプログラムなのか、簡単に教えてください。
森久:
TRIBUSは2019年から始まったプログラムで、新しい事業を生み出すことを主目的にしています。
大きく二つの取り組みがあり、一つは社内からあらゆる社員が事業アイデアを応募し、選考を経て採択されると事業化を目指して取り組む社内公募型。
もう一つが、スタートアップからリコーとの共創アイデアを募り、事業部門とともに新しいサービスや技術開発を進める共創型です。
この二つを一体化させたのが、社内外統合型アクセラレータープログラムであるTRIBUSです。2019年の開始時は社内向けをリコーファミリーグループチャレンジ、社外向けをリコーアクセラレーターという名前で行っており、2020年にTRIBUSという名前に統合してリブランディングしました。
堀井:
立ち上げはどんな背景だったのでしょうか。
森久:
きっかけとしては、トップダウンの要素が大きいと思います。
2018年ごろ、当時の役員が各拠点に出向いて社員の声を聞くフィールドコミュニケーションという取り組みがありました。
その場で、「挑戦する場を作ってほしい」「既存プロセスに縛られて閉塞感がある」といった声が多く上がっていたんです。
そうした現場の声が経営陣に届き、社長肝入りの取り組みとして、新しい事業を生み出すプログラムを始めようという意思決定がされました。
堀井:
トップの意思決定と、現場の声が重なって生まれたわけですね。
森久:
そうですね。
ただ大事なのは、始めるという意思決定はトップが行いましたが、中身は現場に委譲されていたという点です。
現場の変化に即応するには、いちいち上に上げて許可を取っていてはスピードが出ません。
そのためTRIBUSでは、トップが大枠をオーソライズしつつ、具体的な運営や施策は現場が主体的に進めていく設計になっています。
第2章|トップがオーソライズし、現場が走るトップボトムの設計
TRIBUSの運営を支えているのは、意思決定のスピード

堀井:
TRIBUSの意思決定の構造について教えてください。
森久:
そうですね。社内ではトップボトムという言葉を使っています。
まずトップが、新規事業に取り組むこと自体やTRIBUSを会社として推進することを明確にし、グループ会社も含めて活用できる取り組みとして位置づけます。
そのうえで、具体的な運営や施策は現場に委ねます。応募者の状況や社内の関心度によって必要な施策が変わるので、細かな意思決定まで毎回上に上げているとスピードが落ちてしまうからです。
だからこそ、大枠はトップが支えながら、具体の打ち手は運営チームが状況を見て判断し、すぐ実行する構造にしています。
堀井:
トップダウンで始まりつつ、実際の運営は現場に任されているわけですね。
森久:
そうですね。年度計画を最初に固め切るというより、状況に応じて柔軟に調整しています。
例えば技術系の応募が増えているなら技術者向けのレクチャーを厚くする。ビジネスモデル設計で悩んでいる人が多ければ、そのテーマの勉強会を追加する。
応募者の動きや課題を見て、その場で言語化し、すぐに施策に落とす。この速さが運営を支える大きな要素になっています。
第3章|7期の運営を通じて、TRIBUSの支援内容はどう進化したのか
Will起点から、市場規模×顧客検証を早期に見る型へ
堀井:
支援の中身自体も、7期の運営のなかで変わってきているんですよね。
森久:
そうですね。
TRIBUSでは毎年、運営や支援内容を小刻みにアップデートしています。
初期のころは、個人のWillを起点にして、思いや問題意識を事業につなげていくところを特に重視していました。
まずは社員が持っているアイデアや課題意識を形にしていくことが大事だと考えていたからです。
ただ、運営を重ねるなかで、Willだけでは事業として成長しづらいケースも見えてきました。
そこで最近は、Willに加えて市場規模や事業の伸びしろを早い段階から見るように変わってきています。
堀井:
なぜその変化が必要だったのでしょうか。
森久:
強いWillがあって課題も明確でも、領域によっては市場規模が限られている場合があります。
ある程度進んでからビジネスとしてのスケールが小さいと分かると、すでにプロダクトも作り始めていますし、気持ちも入っているのでピボットが難しくなってしまいます。
社内新規事業は会社として投資をしていく取り組みでもあるので、ある程度の規模や成長性が見込める領域を狙う必要があります。
そのため、最近は市場性を早期から見ていくスタイルに変わってきました。
堀井:
ただ、机上で市場規模だけを見るわけではないんですね。
森久:
はい。そこは最初から変わっていません。
市場規模を見る一方で、必ず現場で顧客の声を聞くことを重視しています。
市場性と顧客検証をセットで進める。
このスタンスは、TRIBUSの支援の中でも一貫している部分だと思います。
堀井:
社内公募のプロセスとしては、勉強会から始まり、その後事業アイデアの検証と育成という流れがありますよね。
森久:
はい。応募段階から、企画経験がない社員も多いため、顧客インタビューの基本や仮説検証の進め方など、事業検証のリテラシーを上げるための勉強会を実施しています。
ただ教育だけでは前に進まないので、一次審査通過後はメンタリングを中心にして、実際に検証を進めてもらいます。
その過程で一定の予算も渡しながら、段階的に金額を上げていき、事業案をブラッシュアップしていく流れになっています。
こうした支援の進化もあり、TRIBUSでは応募数の変化にも向き合い続けてきました。
第4章|カタリストという触媒が共創を前に進めた
通行手形が生む、越境と協業のリアル

堀井:
スタートアップ企業などの社外応募についても伺わせてください。
TRIBUSでは、スタートアップとリコーグループの連携を支援する専任担当者としてカタリストという役割があるのが印象的でした。
この制度はいつ頃から始まったのでしょうか。
森久:
カタリストは、スタートアップとリコーグループの事業部門の間に入り、共創を前に進める役割です。
両者の間に立ってコミュニケーションを調整しながら、協業が進むようにサポートします。
スタートアップ共創は、事業部門とスタートアップがいわばお見合いをするだけでは、なかなかうまくいきません。
文化も価値観も期待値も違うので、その間をつなぐ存在が必要になります。
そこで、両者の間に入り化学反応を促す触媒の役割として、カタリストという仕組みを設けました。
制度自体は最初から構想にあり、2019年に公募で立ち上げています。
堀井:
カタリストも社内公募なんですね。
森久:
はい。20%の工数で手を挙げてもらっています。
最初は、カタリストとは何をする役割なのかという状態でした。
ただ、実際に活動する人が増えるにつれて、先輩カタリストの姿が見えるようになり、2020年以降は応募も増えてきました。
今では累計で100名以上が参加しています。
堀井:
先ほどお話に出ていた通行手形という言葉がすごく印象に残っています。
森久:
カタリスト活動は、社員にとっても大きな価値があります。
若手にとっては、越境コミュニケーションを通じて会社を俯瞰して見る機会になります。
中堅は、スタートアップとの共創で得た知見を自部署の連携に生かすことができます。
ベテランにとっては、セカンドキャリアの腕試しとして、スタートアップという異文化のなかで自分の価値を試す機会にもなります。
そして何より、部署間の壁を越える通行手形のような存在になります。
これはリコー本体だけでなく、グループ会社の社員にも大きく効いていると感じています。
第5章|応募数が落ちる「3年目の壁」をどう越えたか
行動分析/セミナー設計/個別接触/丁寧なフィードバック

堀井:
多くの企業が悩むのが、2〜3年目で応募がガクンと落ちる問題です。TRIBUSでもありましたか?
森久:
ありました。社内公募は特に、初年度が一番多い傾向があります。
1年目は、これまで出す場がなかったアイデアが一気に出てきます。
2年目は、1期目を見て「採択されると実際に事業化に進むんだ」と理解した様子見層が応募してきます。
ただ3年目以降になると、社内にストックされていたアイデアが一度出尽くしてしまう。
その結果、応募数が落ちやすくなります。これはある程度構造的なものだと思っています。
堀井:
そこから2024年に盛り返したんですね。
森久:
はい。やったことは大きく四つあります。
一つ目は、行動分析です。
過去に応募した人が、募集期間中にどのイベントに参加していたのかを洗い出しました。
どのタイミングで、どんな行動をしている人が応募に至っているのかを見ていくと、応募につながる行動パターンが見えてきます。
それをもとに、応募前の導線を設計し直しました。
二つ目は、セミナー設計です。
応募しない理由を分解すると、実はパターンがあります。
例えば、
・応募する勇気が出ない人
・アイデアがまだ固まっていない人
・アイデアはあるが磨ききれていない人
それぞれで必要な支援が違うので、セミナーの内容も分けて設計しました。
アイデア創出のワークショップ、仮説の磨き方の講座、応募前相談の場など、足踏みしている理由に合わせて打ち手を用意しています。
三つ目は、個別接触です。
イベントに参加してくれた人に対して、こちらから個別に声をかけるようにしました。
「応募を迷っている理由は何ですか?」
「どこで詰まっていますか?」
こうした相談ができる導線を作ることで、応募まで進む人が増えました。
そして四つ目が、丁寧なフィードバックです。
堀井:
一次選考で落ちた方にもフィードバックするのは、相当工数がかかりそうです。
森久:
かかります。
ただ、ここは意識して丁寧にやっています。
もしフィードバックがないと、応募した側からすると
「なぜ落ちたのか分からない」「もういいや」
となってしまい、そこで関係が切れてしまう可能性があります。
TRIBUSでは、非採択だった方にもできるだけ具体的なフィードバックを返しています。
ポジティブな気持ちで力を蓄えて、また次回応募してくれる人が一人でも増えれば、長期的にはプログラムの資産になると考えています。
第6章|関係人口を増やす。サポーターズとコミュニティの効き方
応募は募集期間ではなく、日常で作られる
堀井:
第5章では募集期間中の施策について伺いましたが、そもそも応募者の母集団をどう作っているのかも気になりました。
募集期間以外の取り組みもあるのでしょうか。
森久:
そうですね。第5章でお話ししたような募集期間中の施策も重要ですが、そもそも応募につながるかどうかは、TRIBUSに関わる人、いわゆる関係人口がどれだけ増えるかに大きく依存します。
募集期間だけ施策を打っても、そもそもTRIBUSのことを知らない、あるいは関わったことがない社員には届きません。
そのため、日常のなかでTRIBUSと接点を持つ人を増やしていくことが重要だと考えています。
TRIBUSでは、関わり方の濃さに応じて複数の入り口を用意しています。
一つがサポーターズです。
社員が自分のスキルをハッシュタグで登録し、事業チームや採択されたスタートアップの活動を手伝う仕組みで、現在300人ほどが参加しています。
例えば、特定の技術分野に詳しい人が技術相談に乗ったり、マーケティングの知見を持つ社員が市場調査を手伝ったりと、それぞれのスキルを生かしてプロジェクトに関わることができます。
必ずしも自分が事業を立ち上げるわけではなくても、こうした形で新規事業の現場に関わる経験ができることが、社内での関心の広がりにつながっています。
もう一つがTRIBUSコミュニティです。
こちらは1600〜1700人ほどの規模で、PoCへの参加やヒアリングへの協力など、比較的ライトな形でも関われる場になっています。
例えば、新しいサービスのテストユーザーとして参加したり、アイデア検証のインタビューに協力したりと、短時間でも関われる機会を用意しています。
堀井:
濃淡のある関わり方が、応募の土壌になるわけですね。
森久:
はい。社員もワークライフの状況によって、濃く関われない時期があります。
ただ、その期間に完全にTRIBUSのことを忘れてしまうと、募集が始まっても思い出せないんです。
だからこそ、薄くても関わり続けられる状態を作ることが大事だと考えています。
日常のなかでTRIBUSと接点を持つ人が増えていく。
その積み重ねが、結果として応募につながっていくと思っています。
全国の新規事業プログラム運営者へのメッセージ
プログラム自体を新規事業として運営せよ

堀井:
最後に、他社の新規事業プログラムやアクセラレーターの担当者へメッセージをお願いします。
森久:
新規事業プログラムや、社外アクセラレータープログラムの運営は、ルーティンワークにしようと思えばいくらでもできます。
世の中にあるプロセスやフレームワークを持ってきて、それを毎年同じように回す。
それでも一定の形にはなります。
ただ、それを続けていると、運営する側も次第に面白くなくなってしまいますし、プログラム自体も自社にフィットした形に進化していきません。
だからこそ、プログラムそのものを新規事業だと思って取り組むことが大事だと思っています。
新規事業と同じように、仮説を立てて試し、結果を見ながら改善していく。
毎年少しずつでもアップデートしていく。
そうやって運営を続けていくことで、プログラム自体も会社に合った形に進化していきます。
そしてもう一つ思うのは、
プログラムの運営者自身も、ある意味では新規事業の当事者だということです。
自分たちのプログラムをどう育てていくのか。
どんな仕組みにしていくのか。
その試行錯誤自体が、新しい挑戦なのだと思います。
もし、連携やお困りごとがあれば是非ご連絡をください。
