タカラスタンダード株式会社110年以上続くタカラスタンダードの「第二創業」。企業アセットを武器にする新規事業の勝算

110年以上にわたり、水回り事業一本で成長を続けてきたタカラスタンダード。
その同社がいま、「第二創業」という言葉を掲げ、新規事業に本格的に取り組み始めている。
新築市場の縮小、人口減少という避けられない環境変化のなかで、同社が選んだ道は、まったく新しい事業領域への飛躍ではなかった。
同社が見直したのは、技術・工場・ショールーム・顧客接点といった「企業アセット」でした。
そして、そのアセットを「どう事業に変えるか」から新規事業を組み立てていきました。
棚卸し・アイデア創出・顧客検証を積み重ねながら、同社は第二創業に向けた土台を組み上げてきました。
本記事では、新規事業企画グループ責任者の夜久 裕威 氏へのインタビューを通じて、
タカラスタンダードが長年続く企業として、どのように新規事業と向き合い、企業アセットを起点に「勝算のある第二創業」を描いているのかを紐解いていきます。
夜久 裕威(やく ひろき)
タカラスタンダード株式会社
ビジネスデベロップメント本部 新規事業企画グループ
シニアマネージャー(グループ責任者)
タカラスタンダード入社4年目。
これまでビジネスデベロップメント本部 新規事業企画グループの責任者として、第二創業に向けた新規事業の創出を推進。
立ち上げ初期は、一人で新規事業を担当。技術アセットの棚卸しから着手し、全社の工場を回りながらものづくりの強みを言語化。生成AIを活用したアイデア創出と、顧客インタビューを起点とした検証プロセスを設計し、現在は複数の新規事業プロジェクトを並行して推進している。
2026年より新事業戦略部を立ち上げ、部門長として第二創業の具現化を加速させるべく、全社横断での新規事業創出を推進している。
堀井 大(ほりい ひろし)
新規事業Talks 編集長
大企業・スタートアップのマーケティング支援を行いながら、
大企業の新規事業担当者に焦点を当てるインタビューメディア「新規事業Talks」を運営。
第1章|110年以上続く企業が「第二創業」を掲げた理由
水回り事業一本の強さと、次の50年を見据えた危機感

堀井:
まず最初に、タカラスタンダードさんが「第二創業」という言葉を掲げ、新規事業に本格的に取り組まれている背景について伺いたいです。
110年以上、水回り事業一本で続いてきた中で、なぜ今、新規事業なのでしょうか。
夜久:
前提として、社会構造が大きく変わってきていると感じています。
特に大きいのが人口減少です。新築住宅の着工戸数は、今後確実に減っていきます。これは努力で変えられるものではなく、いわば「定数」の部分です。
一方で、変数として見ているのがリフォーム市場です。
リフォーム市場全体では7〜8兆円規模があり、その中でも水回り領域だけで約3兆円あります。非常に大きな市場ですし、ここをしっかり取りにいければ、売上成長や企業規模の拡大につながる可能性は十分にあります。
堀井:
既存事業にも、まだ成長余地はあるということですね。
夜久:
その通りです。
ただ、既存事業の延長線だけで会社の未来が守れるかというと、そうではないとも感じています。
当社は1962年にホーローという素材を水回り分野で市場化して以降、約70年にわたって、同じ事業領域を磨き続けてきました。それ自体は誇るべき歴史です。
一方で、同じ領域を磨き続けてきたからこそ、次のイノベーションを生み出さなければいけない。
そう考えるようになりました。
堀井:
そこで出てきたのが「第二創業」という考え方なんですね。
夜久:
そうですね。
第二創業という言葉を使っていますが、短期的に新しい事業を一つ立ち上げる、という話ではありません。
目指しているのは、50年先まで続く新たな事業の柱をつくることです。
50年続いて初めて、「事業」と呼べると思っています。
だから、第二創業とは、次の50年を見据えた取り組みだと捉えています。
堀井:
時間軸をかなり長く置かれていますね。
夜久:
短期の成果だけを追ってしまうと、どうしても無理が出ます。
当社の場合、国内事業、海外事業、新規事業の3つを重要なドメインとして位置づけています。
200年続く企業になるために、今どこに手を打つべきかを考えたとき、新規事業は避けて通れないテーマでした。
堀井:
この考え方は、新規事業部門だけの話ではなさそうですね。
夜久:
おっしゃる通りです。
第二創業は、特定の部署だけが背負うものではなく、会社全体として次の50年をどうつくるかを考えるための言葉だと思っています。
110年以上続いてきた企業だからこそ、変わらないために、変わらなければならない。
その危機感が、今の新規事業の取り組みの起点になっています。
第2章|「箱だけ・人も金もない」状態から始まった新規事業
立ち上げ初期にまず整えた“仕組み”とレール

堀井:
夜久さんは入社4年目とのことですが、最初から新規事業を担う前提だったのでしょうか。
夜久:
最初から新規事業目的で入社したわけではありません。
前職では製薬会社でマーケティングをメインに従事し、転職で当社に入社し、経営企画室に所属しておりました。
ただ、当時の経営課題を見たときに、「新規事業を誰もやっていない」という状況があり、自身のアセットを会社に貢献できるのではという根拠のない自信で着手しました。
堀井:
実際に新規事業を担当することが決まったとき、どんな状態だったのでしょうか。
夜久:
何もありませんでした。
組織としては箱だけがあり、人も予算も、具体的なテーマも決まっていない状態です。
初日に出社して、「これは相当厳しいな」と感じました。
堀井:
そこから、まず何に取り組まれたんですか。
夜久:
人集めではなく、仕組みづくりから始めました。
先に人を集めても、やることや判断基準がなければ回らないケースを多く見てきたからです。
まず必要だったのは予算でした。
検証やPOCを進めるには、お金がなければ何もできません。
そこで早い段階で社長に提案し、新規事業として動かすための最低限の予算を確保しました。
堀井:
かなり早く経営を巻き込んだんですね。
夜久:
新規事業は、最終的に経営判断が必要になります。
だから後回しにせず、最初に向き合うべきだと考えました。
堀井:
予算を確保したあとは、どのように進めたのでしょうか。
夜久:
次に考えたのは、「どういう順番で判断するか」です。
どこで進めるか、どこで止めるか。
自社用のステージゲートを設計し、先に“回し方”を決めました。
堀井:
アイデア出しは、その後だったんですね。
夜久:
アイデアは後からいくらでも出せますが、判断の仕組みがなければ事業にならないため、最初に「やる仕組み」を整えることを優先しました。
堀井:
その段階では、まだお一人で進められていたと。
夜久:
そうです。
一人だったからこそ、スピード感を持って動けた部分もあります。
仕組みと方向性がある程度見えてきてから、人を増やす判断をしました。
第3章|飛び地はやらない。すべては企業アセットの棚卸しから
技術・工場・ショールーム・顧客をどう再定義したか
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堀井:
仕組みを整えたあと、いよいよ事業の中身を考えていくフェーズに入ったと思いますが、最初に決めていた方針はあったのでしょうか。
夜久:
明確に決めていたのは、いきなり飛び地の事業はやらない、ということです。
例えば、まったく関係のない領域でサービスを始めるとか、流行っているからという理由で事業を選ぶ、そういった進め方はしないと決めていました。
110年以上続いてきた会社なので、まずは自社が持っているものをきちんと理解することが先だと考えました。
堀井:
そこで、企業アセットの棚卸しから始めたんですね。
夜久:
そうですね。
メーカーとしての技術アセットがどこにあり、何が強みなのかを把握しない限り、新規事業の方向性は描けないと思いました。
そのために、半年ほどかけて、すべての工場を回りました。
現場で実際に何ができるのか、どんな技術があり、どこが他社と違うのかを、一つひとつ確認していきました。
堀井:
かなり地道な作業ですね。
夜久:
派手さはまったくありませんでした。
ただ、この工程を飛ばすと、後で必ず歪みが出ると思っていました。
また、実際に工場に行くと現地の方とのコミュニケーションなど無形資産の構築にも繋がりました。そのアクションが、今めちゃくちゃ協力者がいるルーツだと感じています。
100回のオンライン面談より、1回のリアル面談ですね。
技術アセットとしては、ホーローを中心に釉薬や樹脂など複数の素材や加工の強みがあります。

堀井:
いわゆる“技術”以外のアセットについては、どう捉えられていましたか。
夜久:
技術だけではありません。
ショールームも、当社にとっては非常に大きなアセットです。
さらに言えば、長年お付き合いしてきた顧客そのものも、重要な資産だと考えています。
新規事業というと、どうしても「新しいプロダクト」や「新しい技術」に目が行きがちですが、実際には、すでに持っている接点や関係性をどう使うかの方が、事業の成否を分けるケースも多いと感じています。
堀井:
アセットを洗い出したあと、それをどう事業アイデアにつなげていったのでしょうか。
夜久:
起点にしたのは、技術アセットです。
そこに、将来の市場性、そして「誰が使うのか」という視点を掛け合わせて考えていきました。
時間軸としては、2050年を一つの目安にしています。
短期で結果が出るものもあれば、かなり足の長いテーマもあります。
そのどちらも混ぜながら、幅広くアイデアを出していきました。
堀井:
ここで生成AIも活用されたんですよね。
夜久:
生成AIは、アイデアを考えるための手段として使っています。
新規事業は「千三つ」と言われますが、であれば最初から数を出した方がいい。
生成AIを壁打ち相手にしながら、とにかく量を出しました。
その際に意識したのは、プロンプトの質です。
例えばホーローであれば、ホーローを一番よく知っている社内の人に、知識を書き出してもらいます。
それをプロンプト化することで、「ありそうでなかった」アイデアが出てくるようになりました。
堀井:
技術を知っている人の知見を、AIに載せていくイメージですね。
夜久:
そうです。
自分が分からない領域は、分からないままで扱わない。
一番詳しい人に教えてもらい、その知識を前提にアイデアを広げていく。
その積み重ねで、今は100件を超える新規ビジネスアイデアが手元にあります。
堀井:
企業アセットの棚卸しが、そのままアイデアの土台になっていると。
夜久:
まさにそうです。
飛び地をやらない、という判断は、制約ではなく強みだと思っています。
自社のアセットを起点にしているからこそ、実現可能性のある新規事業に近づけている感覚があります。
第4章|生成AI×確率論で約130件
勝負を分けたのは「使われるか」を見極める顧客検証
堀井:
企業アセットを起点にアイデアを広げていった結果、かなりの数の案が出てきたと伺っています。
実際には、どれくらいのアイデアを検討されたのでしょうか。
夜久:
最終的に手元に残っているのは約130件ほどです。生成AIを壁打ち相手にしながら数を出し、確率論で検討する前提で進めました。
ただ、アイデアはあくまでスタート地点で、ここから検証を重ねます。
堀井:
そこから、どうやって絞り込んでいったのでしょうか。
夜久:
評価軸は二つあります。
一つは、その市場が本当に伸びるかどうか。
もう一つは、そのアイデアが実際に「使われるかどうか」です。
市場規模や成長性は、ある程度データで判断できます。
ただ、「使われるかどうか」は、数字だけでは分かりません。
堀井:
そこで顧客インタビューを重ねていったわけですね。
夜久:
そうです。
ペット領域であれば実際にペットを飼っている人、宇宙領域であればその分野に詳しい人や、すでに事業をしている人に話を聞きました。
社内外を問わず、対象となる人に直接聞くことを徹底しています。
堀井:
かなりのボリュームですね。
夜久:
全体で見ると、200件近くになると思います。
インタビューは定性的に見えますが、数を重ねることで傾向が見えてきます。
前半は聞き方を磨くフェーズです。
後半、解像度が上がった状態で集めた20人ほどを一つのNとして捉え、評価しています。
堀井:
そこから、実際に動かす事業が決まっていったと。
夜久:
その結果をもとにABC分析を行い、A評価のものだけを次のステージに進めました。
現在は10件ほどのプロジェクトを、チームで並行して回しています。
堀井:
130件から10件まで絞るのは、かなり思い切った判断ですね。
夜久:
回し切れない数を抱えないことを重視しています。
数を出し、聞き、絞る。このサイクルをどれだけ速く回せるかが、新規事業の勝負所だと考えています。
第5章|P/Lより顧客数と継続
メーカー新規事業における“勝算のある”進め方

堀井:
ここまで伺っていると、タカラスタンダードさんの新規事業は、一般的にイメージされる「まずP/Lを作る」という進め方とは少し違う印象があります。
このあたりは、意識的にそうされているのでしょうか。
夜久:
P/Lを持つ事業を作ること自体を否定しているわけではありません。
ただ、新規事業の初期段階で、P/Lを最優先に置く進め方は取りたくないと考えています。
理由はシンプルで、今の規模が何千億円であっても、そこからもう一つ同じ規模の事業を作るには、同じくらいの時間がかかるからです。
タカラスタンダードをもう一社作ろうと思ったら、110年以上かかる。そう考えると、短期的な数字だけを追うことにあまり意味を感じませんでした。
堀井:
では、新規事業では何を最優先に見ているのでしょうか。
夜久:
顧客数と継続性です。
どれだけの人に使われているか、使い続けてもらえているか。
ここが積み上がらない事業は、いずれ止まると思っています。
お客さんに満足してもらい、その結果として売上や利益がついてくる。
順番を逆にすると、無理が出ます。
堀井:
この考え方は、メーカーの新規事業としては珍しい印象もあります。
夜久:
メーカーは、どうしても「売って終わり」になりがちです。
だからこそ新規事業では、お客さんとどう関係を続けるかを重視しています。
実際、経営陣ともこの話をしていますが、「まずは新規顧客数や継続率をKPIに置く」という考え方には、納得してもらえています。
その上で、結果としてP/Lがどうなるかを見る、という整理です。
堀井:
かなり腹落ち感のある説明ですね。
夜久:
メーカーの新規事業担当者の中には、「100億の事業を作れ」と言われて苦しんでいる人も多いと思います。
ただ、100億を作る前に、10億を作るプロセスを踏まなければいけない。
その話を正面からできない状態で新規事業を進めると、どこかで歪みが出ます。
堀井:
第2章でお話されていた「仕組みを先に作る」という考え方ともつながりますね。
夜久:
そうですね。
仕組み、アセット、顧客。この三つが噛み合って、初めて新規事業は前に進みます。
派手な成功事例よりも、地味でも再現性のある進め方を作ることの方が、結果的に勝算は高いと思っています。
堀井:
改めて、タカラスタンダードさんの新規事業は、「企業アセットを信じ切っている」印象があります。
夜久:
アセットがあるのに使わないのは、もったいないと思っています。
雇用が守られ、資産があり、技術がある。
事業会社の新規事業は、実はかなり恵まれた環境です。
その環境を前提に、どう動くか。
そこを突き詰めていくことが、メーカー新規事業における“勝算のある進め方”だと考えています。
全国の新規事業担当者へのメッセージ
傷のなめ合いをやめ、企業アセットを信じて動け
堀井:
ここまで、新規事業の立ち上げから現在に至るまでのお話を伺ってきました。
そのうえで、この記事を読んでいる全国の新規事業担当者の方々に、夜久さんが一番伝えたいことは何でしょうか。
夜久:
まず伝えたいのは、「傷のなめ合いで終わらないでほしい」ということです。
新規事業に関わっていると、同じ立場の人と集まって
「大変ですよね」「分かります」という会話になりがちです。
その場では少し楽になるかもしれませんが、それで事業が前に進むことはほとんどありません。
新規事業は、基本的に孤独です。
会社が全面的にコミットしてくれるケースは少ないですし、
「認めてもらえない」「分かってもらえない」と感じる場面も多いと思います。
ただ、それを「会社が悪い」「環境が悪い」という定数として捉えてしまうと、何も変わりません。
事業を起こす以上、最終的に判断するのは会社です。
認めてもらうために、何を示すのか、どこまでやり切るのか。
そこは新規事業担当者が引き受けるべき変数だと考えています。
もう一つ伝えたいのは、事業会社の新規事業は、実はかなり恵まれているということです。
雇用が守られていて、技術や資産があり、長年築いてきた顧客との関係性もある。
スタートアップと比べると、使えるカードは圧倒的に多い。
それにもかかわらず、「自分たちは何もできない」と感じてしまうのは、
自分たちが持っている企業アセットに気づいていないだけだと思っています。
まずは、自分の会社が何を持っているのかを、徹底的に見直してほしいですね。
堀井:
もし今、新規事業でくすぶっている人がいたとしたら、どんな言葉をかけますか。
夜久:
がむしゃらにやってみてほしい、ということです。
きれいにやろうとすると、どうしても動けなくなります。
完璧な計画を作ってから動くより、動きながら考えた方が、学びは圧倒的に多い。
失敗を避けるより、早く失敗した方がいい。
その過程で、自分の会社の強さにも、弱さにも気づけます。
新規事業は、事業を作る仕事であると同時に、会社を深く理解する仕事でもあります。
特別な才能や覚悟が必要だとは思っていません。
自分の会社を信じて、企業アセットを信じて、動き続けられるかどうか。
それだけで、見える景色は大きく変わるはずです。
僕の3つの信念があります。「突破力」、「パッション」、「ロジック」です。
まず、自分が折れない気持ちが新規事業には重要になります。
ですから皆さん、新規事業は誰でもできます!
