牛乳石鹸共進社株式会社牛乳石鹸の新規事業のリアル──課題起点で進める挑戦と、共創が生み出す可能性

牛乳石鹸共進社株式会社(以下、牛乳石鹸)では、2017年から新規事業の検討を本格化させ、新規事業室としての取り組みを続けている。
今回は、新規事業室で事業開発に携わる江越 亮一さんに、新規事業に取り組み始めた背景や、現在リリースされている2つの取り組み、そして共創の進め方について話を伺った。
牛乳石鹸共進社株式会社
新規事業室 室長
江越 亮一(えごし りょういち)
2017年に社内で立ち上がった新規事業検討プロジェクトに選ばれ、営業と兼任しながら新規事業に関わり始める。現在は新規事業室の責任者として、介護施設向けプロダクト「ツナグケア」や、少量の水で頭を洗えるデバイス「SUSUGU」(ススグ)の開発・展開に携わる。
新規事業室のミッションと、新規事業に取り組み始めた背景

まず、新規事業室のミッションを教えてください。
「いつでもどこでも心地よい清潔を提供する」というのが、新規事業室のミッションです。牛乳石鹸は、これまでお風呂場や洗面台といった場所を中心に、心地よい清潔を提供してきました。
一方で、そうした場所に行けない方もいます。
その事実を前にしたとき、心地よい清潔という価値は、まだ十分に届けられていないのではないかと感じました。だからこそ、場所や状況に縛られず、心地よい清潔を届けていきたいと考えています。
新規事業室はいつ頃できたのでしょうか。また、新規事業に取り組み始めた背景を教えてください。
遡ると、2017年に社内で新規事業をテーマにした検討の動きが本格化しました。当時、会社としても将来を見据え、「既存事業に続く新たな柱を模索していく必要がある」という共通認識がありました。
その流れの中で、新規事業を考えるプロジェクトが立ち上がり、私は営業の業務と並行しながら関わることになりました。そこで、以前から個人的にも問題意識を持っていた、高齢者を取り巻く課題や介護の現場に目を向けた取り組みについて、自分なりの考えを社内で共有しました。
議論を重ねる中で、「まずはやってみよう」「そこから次の可能性を探していこう」という判断がなされ、取り組みを専任で進める体制として、2020年に新規事業室が立ち上がりました。こうして、新規事業室としての活動がスタートし、現在につながっています。
商品開発との違いは「課題起点」と「共創」
既存の商品開発と新規事業室の違いはどこにありますか。
ものづくりそのものが大きく違うわけではありません。牛乳石鹸は、116年の歴史があり、石鹸をはじめとした入浴関連の商品を数多く世に届けてきた会社です。そうした中で培ってきた商品開発の考え方や技術は、新規事業でも土台になっています。
一方で、新規事業室の取り組みでは、あらかじめ答えがあるものを作るのではなく、課題解決を起点に、顧客ヒアリングを重ねながら進めていく点が特徴だと感じています。
自社だけで完結させるというよりも、他社との共創の中で解決策を形にしていく。その進め方が、既存の商品開発との大きな違いだと思います。
牛乳石鹸の新規事業室の公式noteでは、そうした開発のプロセスも含めて発信しています。目的は、単なる情報発信ではなく、仲間集めや、取り組みに共感してもらうことです。
社内では、プロセスを公開することで、自社で得たノウハウが外部に伝わってしまうリスクを懸念する声もありました。それでも、考え方や試行錯誤をオープンにしていくことが、結果的に共創につながると考え、発信していく方向に舵を切りました。
新規事業の領域は、どのように探していったのでしょうか。
会社としての事業領域は、「美と清潔・健康づくりに役立つもの」という範囲だけが設定されています。その中で、具体的なテーマや領域については、当初は自分たちで探していく形を取っていました。
「清潔」を届けてはいるものの、まだ十分に届けられていない領域はどこにあるのか、という視点で探索を進めていました。その延長線上で、会社が掲げているミッションや事業領域の中に、まだ手が届いていない部分や、未充足なニーズがないかを探していく形です。
極端に飛び地の領域を狙うのではなく、ユーザーインタビューを重ねながら、実際の課題を一つずつ見つけていく進め方でした。
現場の課題から生まれた新規事業室の1つ目の取り組み「ツナグケア」
最初にリリースされた取り組み「ツナグケア」は、どのような背景から生まれたのでしょうか。
ツナグケアを考え始めた背景には、いくつかの問題意識がありました。若年層へのアプローチなど、会社としてさまざまな取り組みを進めてきた一方で、高齢者の方が抱える課題については、まだ十分に向き合いきれていないのではないかと感じていました。
自分たちのリソースで、何かできることはないか。そう考えたときに浮かんだのが、介護施設の現場でした。介護施設で働くスタッフの方々の負担を軽減することができれば、それは結果として、利用者さんの負担軽減やQOLの向上にもつながるのではないかと考えました。
また、ツナグケアの着想には、家族の介護を身近に感じた経験も影響しています。祖父の介護をきっかけに、「自分たちの会社がこれまで作ってきたもので、何か解決できないか」と考えたことが、この取り組みのスタートになっています。
具体的には、どのように開発を進め、プロダクトとして形にしていったのでしょうか。
実際に地域の介護施設を訪問し、お風呂場を見せていただいたり、テスト用のサンプルを作って使ってもらったりといったやり取りを重ねていきました。
一般的なボディソープでは、泡立ちの良さが重視されることが多いですが、介護施設の現場では、それが滑るリスクにつながったり、介助をしにくくしたりする場合があります。そこで、泡立ちはありつつも泡切れが良く、スッと消えていくこと。さらに、牛乳石鹸(当社製品)らしい香りが、介助の時間を少しでも心地よいものにできるのではないか、そうした点を意識してプロダクトを作っていきました。
ツナグケアは、企画から開発まで、主に自社リソースを活用して作られたプロダクトです。販売については関連会社に協力をお願いしていますが、これまでBtoCを中心に商品開発を行ってきた中で、その知見をBtoBの領域に応用していく取り組みでもありました。
介護施設向けの商品は、大きく告知して一気に認知を広げるようなアプローチが取りづらい分、展示会への出展やサンプリングなど、実際に使ってもらうことを重視して進めてきました。第三者の方に使うものだからこそ、まずは現場で使ってもらうことが欠かせない。そうした地道な積み重ねが、ツナグケアの開発と展開を支えています。
共創で形にした新規事業室の2つ目の取り組み「SUSUGU(ススグ)」

ツナグケアと並行して、SUSUGUのプロジェクトも進んだのでしょうか。
ツナグケアは、売上を作ることを主目的とした取り組みではありませんでした。市場に出したことで新しいニーズを見つけることが期待されていて、その中で見えてきた課題の一つがSUSUGUにつながっています。
SUSUGUの最初の着想はどこから来たのでしょうか。
最初は「お風呂の困りごとありますか?」という、かなり漠然としたヒアリングから始まりました。
その後、災害で断水が3か月続いた方の話を聞き、「頭が洗えなくて気持ち悪かった」という話が印象に残りました。
そのときに、牛乳石鹸で何かできないかなと思いましたが、今の牛乳石鹸ではできないと気づきました。正直なところ、そこから先は手探りで、「本当に形になるのか」という不安も大きかったです。それでも、どうしたらできるのかを考え始めたのがきっかけでした。
開発はどのように進んだのでしょうか。
コンセプトとペーパープロトタイプから始まりました。スケッチを書き、それが本当に解決策として成り立つのかを、一つひとつ検証していくところからのスタートです。
当時は社内に十分なノウハウがあったわけではなかったため、社外のプログラムにも参加しながら、考え方や進め方そのものを学びつつ、ヒアリングと検証を繰り返していきました。外部の視点を取り入れながら、また聞きに行って、また考え直す。その積み重ねだったと思います。
全くない形のものを作ろうとしていたので、最初は自分たちでもわけがわからない状態でした。このまま進めていいのか、立ち止まって考えることも何度もありました。
少量の水で頭を洗いたい、でもこぼしたくない。その相反する条件にどう向き合うかを考え続けた結果、最終的にハードウェアという形に行き着きました。
開発の中で印象的だった点は?
SUSUGUの開発を振り返ってまず印象に残っているのは、社内に十分なノウハウがない中で、社外に学びを求めたことです。
コンセプトやアイデアの段階では、経済産業省の「始動」をはじめとしたアクセラレータープログラムにも参加し、第三者の視点で評価を受けながら、事業として成立する可能性を探っていきました。シリコンバレー選抜に選ばれ、海外の可能性を探れたことも、自分たちの取り組みを客観的に見つめ直す大きなきっかけになっています。
一方で、頭の中の構想やコンセプトシートだけでは、なかなか使用シーンを具体的に想像してもらえない、という壁にもぶつかりました。このまま形にしきれなければ、途中で諦めてしまう可能性もある。そんな危機感もありました。
そう感じたからこそ、実際に手を動かし、プロトタイプとして形にするところまで踏み込む必要がありました。

形にしていく過程で、大きな転換点になった出来事はありましたか。
開発初期は、タンクとブラシが一体になった構造を想定していました。タンクに水を入れ、加圧して水を出す仕組みです。
しかし実際に試してみると、加圧によって蓋が飛んでしまうなど、想定していなかった問題が次々と起こりました。そこで「この形はあかん」という判断になり、構造を根本から見直すことになります。
タンクを別にし、ブラシ部分を下げる構造に変更したことで、サイズ感も含めて一気に今の形に近づいていきました。共創先と試作を重ねながら調整を進める中で、プロダクトとしてのイメージが、はっきりと立ち上がってきた感覚があります。
ペーパーや初期のプロトタイプの段階では、なかなか使用シーンを想像してもらえなかったものの、今の形になった瞬間に「どう使うものなのか」が伝わりやすくなり、反応が大きく変わりました。
コンセプトだけでなく、実際の形をつくるところまで踏み込んで初めて見えてくるものがある。そう実感した開発プロセスでした。
共創を進めるうえで意識したことは?
共創を進めるうえで意識していたのは、相手に任せきりにしないことです。すべてを委ねてしまうと、相手側の工数が大きくなってしまいます。
そのため、「ここはこうしてほしい」「この形にしたい」といった要望を、できるだけ具体的にこちらから伝えるようにしていました。こちらがある程度考え、手を動かしたうえで依頼することで、共創先の負担を抑えながら進めることを意識していました。
また、関係者が複数いる場合は、片方ずつ話すのではなく、できるだけ全員で話す場を設けるようにしていました。
最初から関係者全員が同じ場で話すことで、認識のズレを防ぎ、オープンな状態で議論することを大切にしていました。スピードは落ちることもありますが、焦る気持ちを抑えながらでも、関係者全員で同じ方向を向いて進めることが、結果的には一番の近道になると感じています。
SUSUGUリリース後の状況について教えてください。
SUSUGUは、4月1日にバリアフリー展へ出展したことが、最初の大きな一歩になりました。このタイミングでウェイティングリストの受付を開始し、実際の反応を確かめながら準備を進めていきました。
その後、9月22日に一般発売をスタートしています。結果として、想定していた以上に多くの方に購入していただいています。
購入後の反応としては、レビューが72件(2025年12月5日時点)寄せられており、その多くが前向きな内容です。実際の使用シーンとしては、医療的ケアが必要なお子さんへのケアや、自立してお風呂に入れない方の介助用途を中心に、病院や介護施設などでも使われています。
単なるアイデアやコンセプトにとどまらず、実際の現場で使われ、声が集まり始めているという点で、手応えを感じられるフェーズに入ってきている状況です。
新規事業と向き合い続けるということ
老舗企業で新規事業に取り組むうえで、どのような難しさや強みがありますか。
100年以上続いている企業なので、当然ですが100年分のノウハウが蓄積されています。その分、「ノウハウがないことをやる」という発想自体が、組織としてはなかなか生まれにくい。やったことがないことに取り組む、という新規事業ならではの進め方には、難しさを感じる場面もあります。
また、新規事業の取り組みは、どうしても社内外から「何をやっているかわからない」と見えてしまいがちです。そのため、単に誤解を避けるためだけでなく、取り組みの背景や考え方を丁寧に伝え、共感してくれる仲間を増やしていくことを意識して発信しています。
以前は社内イントラでの発信も行っていましたが、十分に届いている実感はありませんでした。そこで現在は、社内理解に加えて、社外の共創パートナーや同じ課題意識を持つ人たちともつながることを目的に、noteでの発信に切り替えています。
一方で、老舗企業だからこそ活かせている点もあります。短期的な成果だけでなく、長期的な視点で事業を考えられること、そして牛乳石鹸という名前の認知や、これまで培ってきた企業イメージは大きな強みです。
SUSUGUのハードウェアに、牛乳石鹸の印象的な牛のマークを入れているのも、そうした強みを活かした判断でした。新規事業であっても、これまで積み重ねてきたブランドをどう活かすかは、強く意識しているポイントです。

今後、注力していきたいことは?
SUSUGUは、新規事業室のミッションである「いつでもどこでも心地よい清潔を提供する」という考えを形にした、一つの手段だと捉えています。
まずはSUSUGUについて、現在の商品の改良点を洗い出し、短期で改善できる点と、中長期で取り組むべき点を整理しながら、段階的にアップデートしていくことを考えています。
届けたい対象としては、これまでと同様に、お風呂に入れない方や、水が少ない状況で頭を洗うことが難しい方を中心に据えています。
一方で、そうした「困っている状況」にある人だけでなく、実は諦めてしまっているニーズや、まだ顕在化していない使い方があるのではないかとも感じています。
例えば、今は「会議をしながら頭を洗う」という発想自体が想定されていませんが、SUSUGUであれば可能になるシーンがあるかもしれない。そうした新しい使い方やニーズについても、検証を重ねながら探っていきたいと考えています。
SUSUGUそのものの改善と並行して、ミッションに立ち返りながら、「心地よい清潔」をこれまでとは異なる形やシーンでも届けられないか。その可能性を探り続けていきたいと思っています。
最後に、他社の新規事業担当者へのアドバイスをお願いします。
やはり発信することは大事だと思います。自分たちが何をやろうとしているのか、何ができて、何がまだできていないのか。そうしたことを外に向けて発信しておくことで、タイミングよく協力してくれる人が現れることがあります。
また、新規事業に取り組むうえでは、既存事業へのリスペクトも欠かせないと感じています。既存事業が積み上げてきた価値や成果があるからこそ、新しい挑戦ができている。その前提を忘れずに向き合うことを、常に意識しています。
