千代田化工建設は、新規事業プログラムを通じて、挑戦したい社員をどう支えているのか

巨大なプラントを作ること以外に私たちは何ができるのか。
主体的に事業を作れる人材を育てなければいけないのではないか。
これまでに世界各地でLNG(液化天然ガス)や石油をはじめとする大型プラントやさまざまな産業設備、工場を建設してきた千代田化工建設株式会社は、2019年に債務超過に陥るほどの経営危機を経験し、事業計画の再生を余儀なくされました。
その難局を乗り越えた2023年、千代田化工建設は挑戦したい社員を支えたいという思いから、社内新規事業創出プログラム「F1 PROJECT」を導入し、新たなビジネスの可能性を切り開くために試行錯誤を重ねています。
スタートアップ企業のようなスピード感を持ちながら社会課題を起点に事業作りを目指していくこのプログラムは、その実践的な運営が評価され、ビジコンAWARDS 2026にて、最終ノミネート企業に選出されました。なぜ、大手顧客を相手に重厚長大なプラントを建設していた千代田化工建設が、プログラムの導入に至ったのか。そして、その影響により組織にはどのような変化が生まれたのか。関係者の本音に迫りました。
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【プロフィール】

代表取締役 副社長執行役員 成長推進本部長 小林 直樹 氏
千代田化工建設株式会社代表取締役副社長。全社を挙げて事業ポートフォリオ変革と新規分野開拓を推進する成長推進本部の本部長として、従来の枠組みにとらわれない新しい価値や新規事業の創出に向け、多様なパートナーとの共創と変革を力強くリードしている。

執行役員 人事総務本部長 永橋 信隆 氏
千代田化工建設株式会社執行役員、人事総務本部長。人事部門の責任者として、人材育成や組織開発、企業文化づくりを推進。対話を重視し、社員一人ひとりの声に向き合いながら、主体性を引き出す仕組みづくりと、挑戦を支える環境・組織風土の醸成に取り組み、人と組織の可能性を広げる変革をリードしている。

バリューイノベーション推進部 部長 赤堀 善彦 氏
オープンイノベーションや事業投資を通じた新規事業創出を推進。新会社設立や事業立ち上げの経験を生かし、社内外のパートナーとの共創を促進するとともに、人材育成や組織文化の醸成を通じて、継続的に新たな価値が生まれる基盤づくりを牽引している。

バリューイノベーション推進部 新規事業創出プログラム統括マネージャー 和泉 亜樹 氏
組織横断の有志活動やダイバーシティ推進活動の経験を活かし、社内新規事業創出プログラム「F1 PROJECT」の事務局として新規事業支援に従事。社員発の事業仮説の立ち上げから検証、磨き込みまでを支援しながら、挑戦する人材と学び合う文化を育み、継続的に新たな事業が生まれる組織づくりに取り組んでいる。

バリューイノベーション推進部 新規事業創出プログラムマネージャー 瀧本 和宏 氏
大学卒業後、建設会社で、山岳トンネルの施工管理業務等に従事。2013年に千代田化工建設に転職し、海外にてプラントの建設工事を担当。2024年度のF1 PROJECTにて自ら応募した事業案が採択され事業化検討をするも、2025年末に中断を決定。その後、F1 PROJECT事務局に転身し、現在に至る。
第一章 | 受け身の組織から、自ら価値を生み出す組織へ。F1 PROJECTが生まれた背景

――まず、現在の事業環境と、その中での新規事業の位置づけについて教えてください。
小林:
私たちは2019年に債務超過を経験し、三菱商事と三菱UFJ銀行から支援を受けるほどの経営危機に直面しました。
この経験を機に、経営の立て直しだけでなく、会社そのものをどう変えていくかを真剣に考えるようになりました。現在は優先株の償却にも目処が立ち、次の成長に向けて、どのような事業ポートフォリオを描き、新たな収益の柱を育てていくのかが重要なテーマになっています。
その中でF1 PROJECTには、大きく二つの役割があります。一つは、社員が主体的に新しい事業へ挑戦する文化を育むこと。もう一つは、その中から実際に事業を生み出すことです。もちろん事業化までつながれば理想ですが、社員一人ひとりの意識を変え、挑戦する文化を根付かせることにも、大きな意味があると考えています。
また、当社では長年培ってきた技術やノウハウを生かしながら、新たな事業ポートフォリオの構築にも取り組んでいます。
近年では、水素社会の実現に向けた事業やライフサイエンス分野、さらには宇宙開発にも携わっています。国際宇宙ステーションでは、当社が開発に関わった装置も活用されています。
F1 PROJECTも、そうした新たな事業を生み出す取り組みの一つとして位置づけています。
永橋:
もともと当社は、お客様から依頼を受け、その要望に応える形でプラントを建設してきた請負型の会社です。
お客様が求めるものを、高い品質と競争力のある価格で提供する。そのために、社内では徹底した効率化と改善を重ねていく。こうした文化は、長年にわたって当社の強みを支えてきました。
一方で、そのビジネスモデルだけでは、会社として持続的に成長し続けることは難しくなっています。会社を変えていくためには、与えられた仕事をこなすだけでなく、自ら社会課題を見つけ、新たな価値を生み出せる人材を育てなければなりません。
2019年の経営危機を経験したことで、その必要性を強く認識しました。そこから5〜6年をかけて会社の文化や人材育成のあり方を見直し、その流れの中で、自ら新規事業を提案できる人材を育てることを目的に始めたのがF1 PROJECTです。
――F1 PROJECTを通じて、どのような人材を増やしたいと考えていますか。
永橋:
私たちが目指しているのは、自分たちが持つ技術の価値に気づき、それを社会に向けて発信できる人材です。
当社には、高い技術力を持つエンジニアが数多くいます。その技術は、お客様から依頼されたものをつくるためだけではなく、社会課題の解決にも応用できる可能性を秘めています。
自ら課題を見つけ、その技術をどのように生かせるのかを考え、人に伝え、挑戦する。その経験を通じて、受け身ではなく主体的に行動できる人材を増やし、当社の技術を新たな価値へとつなげていきたいと考えています。
第二章 | 挑戦したい社員を支えるために。F1 PROJECTが大切にした制度設計
――F1 PROJECTは、どのような議論を経て立ち上がったのでしょうか。
小林:
F1 PROJECTは、最初から役員会で大きく議論して始まったものではありません。私が本部長を務めていた戦略・リスク統合本部で、会社の文化をどう変えていくかという議論から始まりました。
目指したのは、受け身型から攻め型へ、そして事業共創型のマインドセットを持つ社員を増やすことです。
そのため、まったく会社と関係のないアイデアではなく、自分たちの業務や技術、日々の気づきを起点に、これなら事業になるかもしれないというテーマを考えてもらうことを大切にしました。
もちろん、新しい事業が生まれることが理想です。しかし、それ以上に、社員一人ひとりが身の回りの課題を事業として捉える視点を持つようになれば、それだけでも会社にとって大きな価値があると考えていました。
――制度設計では、どのような点を重視しましたか。
和泉:
私たちが一番大切にしてきたのは、挑戦者の目線に立つことです。
プロジェクトを立ち上げた当初は、参加者の既存業務との両立や周囲の理解、人事評価との関係など、挑戦したくても続けられないという課題がありました。
どれだけ良いアイデアがあっても、挑戦を続けられる環境がなければ事業は育ちません。そこで、参加者の声を聞きながら、制度や運営を少しずつ見直してきました。
――制度を改善する中で、印象に残っている出来事はありますか。
和泉:
活動2年目に、社内へ積極的に応募を呼びかけたことがありました。しかし、私たちの想定とは逆に、応募者数は大きく伸びませんでした。
その一方で、前年に参加した社員から「参加してよかった」「成長につながった」といった前向きな口コミが広がると、それをきっかけに新たな参加者が増えていきました。
この経験から、応募数を増やすためには、制度を宣伝することよりも、参加者自身が挑戦してよかったと思える体験をつくることが何より重要だと気づきました。
それ以来、本業との両立や活動しやすさなど、一人ひとりが安心して挑戦を続けられる環境づくりを、制度設計の中心に据えています。
第三章 | 本業との両立はどう実現するのか。20%稼働・上司説明・人事評価の仕組み
――F1 PROJECTでは、本業の20%をプロジェクト活動に充てられる仕組みになっています。この20%という基準は、どのように決まったのでしょうか。
和泉:
20%という基準は、制度を立ち上げる際に、社外の先行事例も参考にしながら設定しました。
ただ実際には、ピッチ前など活動が佳境を迎える時期には20%を超えることもあります。だからこそ、個人の熱意だけに依存するのではなく、上司や所属部門を含めて挑戦を支える環境づくりが重要だと考えています。
新規事業への挑戦は、「本業に余裕があるから取り組むもの」ではありません。当社の社員は日々の業務に強い責任感を持って向き合っています。だからこそ、未来の事業の可能性を探索する時間を、会社として制度の中で位置づけることに意味があると考えました。
当社の創業者であり、1981年まで社長を務めた玉置明善は、自叙伝の中で「自分の仕事以外のことについても考えなさい」という趣旨の言葉を残しています。
この考え方は当社のDNAとして受け継がれてきたものだと思います。一方で、事業環境の変化や目の前の課題への対応に追われる中で、必ずしも十分に実践できていたとは言えない時期もあったのではないでしょうか。現在は「自己変革」を中核のテーマに据えた中期経営計画「経営計画2025」のもとで、一人ひとりが自ら考え行動する風土づくりが進められています。F1 PROJECTは、その考え方を具体的な行動として体現する場の一つだと考えています。
――本業との両立では、上司の理解を得られるかを不安に感じる方も多いと思います。どのような仕組みにしているのでしょうか。
赤堀:
制度を立ち上げる際には、各本部の本部長と議論を重ねながら設計を進めました。現在でも、毎年参加者が決まるタイミングで、本部長へ活動内容や稼働調整について説明し、その後、部長・課長へと共有していただく流れをつくっています。
さらに、書類審査を通過した参加者の上司には、活動スケジュールや活動を通じて得られる経験、過去の参加者の声なども事務局から個別に説明しています。
私たちのプログラムでは、参加者自身が上司へ新規事業をやりたいとお願いしたり、稼働調整を相談したりする必要はありません。
事務局が組織とコミュニケーションを取り、挑戦者は挑戦そのものに集中できる環境を整えています。
実際、この運用は参加者からも非常に好評で、安心して活動できたという声を多くいただいています。
――F1 PROJECTへの挑戦は、人事評価にはどのように反映されるのでしょうか。
和泉:
現在は、人事評価の目標項目の一つとして、F1 PROJECTへの挑戦を設定できるようになっています。
ただ、最初からこの仕組みがあったわけではありません。
当初は活動時間だけを確保していましたが、挑戦しても評価されないのではないかという不安の声がありました。そんな中、社長から「この活動は評価に入っているのか」という問いかけがあり、それをきっかけに人事部や本部長と議論を重ね、現在の制度が実現しました。
私たちが評価してほしいと伝えているのは、選考結果ではありません。
活動を通じて何を学び、どのような成長があったのか。そのプロセスを評価してほしいと、事務局から参加者と上司の双方へお願いしています。
その結果、上司もピッチ大会へ足を運び、挑戦の過程を見るようになりました。挑戦そのものが社内で可視化され、当初想像していた以上の効果を生んでいると感じています。
第四章 | 挑戦者を一人にしない。チームづくりと伴走支援

――F1 PROJECTでは、書類審査を通過するとチームを組成する仕組みになっています。なぜチーム制を採用しているのでしょうか。
和泉:
応募の段階では、個人でもチームでも構いません。ただ、書類審査を通過した後は、必ずチームを組んでもらうようにしています。
20%の稼働だけで事業を形にしていくのは簡単ではありませんし、新規事業は非常に孤独な挑戦でもあります。
だからこそ、仲間と一緒に取り組むことで最後まで走り切れる環境をつくりたい。その方が事業化の成功確率も高まると考えています。
――チームメンバーは、どのように集めていくのでしょうか。
和泉:
応募者自身が声を掛けることもありますし、事務局から社内へ公募を行うこともあります。
また、書類審査で惜しくも通過できなかった応募者へ声を掛けるケースもあります。
特に中途入社の社員は社内ネットワークが少なく、仲間集めに苦労することもあります。そのため、事務局も積極的に関わりながらチームづくりを支援しています。
――プログラムを通じて、どのような伴走支援を行っているのでしょうか。
和泉:
事業づくりについては、外部メンターの支援を受けながら、事務局もできる限りメンタリングへ参加しています。
進捗を確認しながら、必要に応じて社内の知見者や外部専門家を紹介したり、市場調査や顧客ヒアリングの進め方をサポートしたりしています。
また、新規事業の基礎を学べる動画コンテンツやワークショップも用意しており、収支計画やPoC計画の立て方など、実践的な知識を学べる機会も提供しています。
そしてもう一つ大切にしているのが、挑戦を続けるための精神面での支援です。
毎週、起案者同士が集まる定例会を開催し、それぞれが抱えている悩みや気づきを共有しています。
自分だけが苦労しているわけではないと感じられることや、他の起案者がどのように壁を乗り越えたのかを知ることは、とても大きな価値があります。
事務局だけが支援するのではなく、挑戦者同士が支え合うコミュニティをつくることも、F1 PROJECTの重要な役割だと考えています。
第五章 | 制度は育てるもの。挑戦者の声がF1 PROJECTを進化させた
――F1 PROJECTは今年で4年目を迎えます。制度はどのように進化してきたのでしょうか。
赤堀:
プログラムのオーナーが小林だったこともあり、事務局と日頃から議論を重ねながら、制度を改善しやすい環境がありました。
立ち上げ当初は、事業案に求める規模や採択基準なども現在とは異なっていましたが、実際に運営していく中で、会社にとって本当に必要な制度とは何かという視点で見直しを続け、少しずつ現在の形へと進化してきました。
和泉:
制度は、一度つくって終わりではありません。
参加者の声を聞きながら、チーム制の導入や人事評価への反映など、挑戦しやすい環境づくりを少しずつ進めてきました。
また、制度をより良くする上で私たちが大切にしてきたのは、事務局だけで考えないことです。
私たちがどれだけ言葉で説明するよりも、実際に挑戦している社員の姿を見てもらうことが、一番の理解につながると思っています。
そのため、ピッチ大会の前には中間報告会を設け、役員の皆さんの執務エリアにも足を運び、参加者が取り組んでいるテーマや試行錯誤の過程を直接見ていただく機会をつくっています。
完成した事業案ではなく、まだ試行錯誤の途中にあるアイデアに対しても、役員の皆さんは真摯に耳を傾け、「もっとこうした方がいい」「この視点も考えてみたらどうか」と温かくフィードバックをくださいます。個別に相談した際にも親身に向き合ってくださる姿を見て、会社全体で挑戦を支えてくれていることを実感します。
こうした取り組みを毎年積み重ねることで、F1 PROJECTで頑張る社員を応援したいという機運が少しずつ社内に広がり、制度への理解や協力も深まってきたと感じています。
――瀧本さんは、昨年までF1 PROJECTの起案者として挑戦し、現在は事務局として制度運営に携わられています。実際に両方の立場を経験してみて、どのようなことを感じていますか。
瀧本:
私は制度が始まった2023年から毎年応募していました。
初年度は、F1 PROJECTが始まったことが本当に嬉しくて、4件のアイデアを応募しました。ただ、採択には至らず、翌年ようやく二次審査を通過し、約1年間PoCに取り組みました。
2023年の当時はまだチーム制がなく、社内外のメンターに支えていただきながらも、一人で事業をブラッシュアップしていました。新規事業に一人で向き合うのは、本当に大変だったことを覚えています。
その後、制度にチーム制が導入され、挑戦者同士で支え合える環境が整いました。実際にその変化を経験したからこそ、事業はチームで進めるものという事務局の意思を強く実感しました。
現在は事務局として制度運営に携わっていますが、自分自身が挑戦者だった経験があるからこそ、参加者がどこで悩み、どんな不安を抱えるのかがよく分かります。
だからこそ、制度を運営する立場になった今も、挑戦者にとって本当に必要な支援は何かを常に考えながら、改善を続けています。
F1 PROJECTは、事業を生み出すための制度であると同時に、挑戦した社員の経験が制度そのものを育てていくプログラムなのだと感じています。
第六章|F1PROJECTが目指す未来。挑戦を支える仲間とともに。
――今後、F1 PROJECTをどのようなプログラムへ発展させていきたいとお考えですか。
小林:
F1 PROJECTから生まれた事業が成長し、将来的に会社の新たな柱になっていく。もちろん、それは一つの理想的な姿です。
ただ、すべてのアイデアが事業化に至るわけではありませんし、F1 PROJECTの価値は事業創出の結果だけにあるとは考えていません。社員が自ら課題を見つけ、考え、挑戦した経験そのものが、次の挑戦へとつながっていくことに大きな意味があります。
事業創出の可能性を追求すると同時に、挑戦する人材を育て、主体的に価値を生み出す文化を会社全体へ広げていく。その両方を実現できるプログラムに発展させていきたいと考えています。
瀧本:
事業創出、人材育成、風土醸成のどれか一つに偏るのではなく、三つのバランスを取りながら、会社にとって本当に必要なプログラムにしていきたいと思っています。
こうした制度は、毎年続いていくことが当たり前ではありません。だからこそ、制度を続けること自体を目的にするのではなく、会社や参加者にどのような価値を生み出せるのかを常に考え、緊張感を持って運営していくつもりです。
――最後に、全国で新規事業や社内プログラムの運営に取り組む皆さんへ、メッセージをお願いします。
和泉:
私自身、新規事業に携わった経験がない状態でF1 PROJECTの運営を担当し、当初は何から始めればよいのだろうと不安を感じていました。
ただ、他社で新規事業やビジネスコンテストを運営している皆さんに相談すると、さまざまなことを一から教えてくださいました。そこで得た知見や工夫を、自社ではどのように取り入れられるか考えながら、F1 PROJECTを改善してきました。
これからも会社の垣根を越えて交流し、お互いに学び合いながら、より良いプログラムをつくっていけたらと思っています。
赤堀:
企業の中には、まだ形になっていない新規事業の種が数多く眠っていると感じています。
その種は、必ずしも自社だけで育てる必要はありません。ビジネスコンテストで出会った企業やスタートアップと連携し、オープンイノベーションによって形にしていく方法もあると思います。
そうした事業の種を企業の垣根を越えて育てていくことが、日本全体を強くする鍵になるのではないでしょうか。
私たちも他社の皆さんと交流を深めながら、一つでも多くのプロダクトを世に届けていきたいと思っています。
