株式会社メドエックス

「医療者が笑顔で働ける世界をつくる」——SNS採用支援「medich(メディッチ)」、4度のピボットから掴んだ確かなペイン

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看護師不足は日本の医療現場で常態化しており、病床閉鎖のニュースももはや珍しくありません。病院は人材紹介への依存度を高める一方で、紹介料や広告費の負担は膨らみ、その費用が現場に十分に還元されないという悪循環が指摘されています。

こうした課題を断ち切ろうと、右高さんは医療・看護領域に特化した採用支援サービス「medich(メディッチ)」を立ち上げました。medichはInstagramやTikTokといったSNSの縦型動画を活用し、病院の雰囲気や働くスタッフの姿を“ありのまま”伝えます。これにより候補者は自ら見学や応募を検討できる点が特長であり、従来のエージェント頼みの採用モデルとは一線を画します。右高さんはこの仕組みを通じて、情報の非対称性や高騰する紹介費といった構造的課題の解決を目指しています。

右高さんは製薬メーカーのMR(医薬情報担当者)としてキャリアを始め、南海電鉄株式会社の社外人財向けプログラム「beyond the Border」で事業を磨いてきました。4度のピボットを経て、現在のSNS採用支援モデルにたどり着きました。

本稿では、右高さんが独立に至った動機、サービスの独自性、PoCでの学び、立ち上げ時の壁、そして今後のビジョンまでをうかがいます。

目次

1.MRから事業開発へ、独立とピボットの軌跡

まずは自己紹介からお願いします。これまでのご経歴と、独立を意識するに至った背景を教えてください。

薬学部を卒業後、2019年に製薬メーカーのMRとしてキャリアをスタートしました。病院・クリニックを担当し、直近まで前職で働いていました。MRを選んだのは「より多くの患者さんを救いたい」という想いからです。ただ、規制強化で添付文書以上の話が難しくなり、コロナ禍ではそもそも病院に入れない。「MRは本当に必要なのか」という問いが2年目くらいから芽生えました。一方で先生方との会話から、薬以外にも現場の課題が山ほどあると知り、会社では解けない問題を自分で解きたいと思うようになりました。

南海電鉄の「beyond the Border」にはどのような経緯で参加されたのでしょうか。

グロービスで学び始めたことをきっかけに「Change」「始動」などのプログラムに参加し、そのコミュニティで「南海電鉄が面白い挑戦をしている」と知って応募しました。1期は最初のゲートで落ちましたが、2期で再挑戦して採択に。過程で4回ピボットしています。

初期のアイデアから、現在の「SNS採用支援」に至るまでのピボットの流れを教えてください。

最初は病院間の紹介状をクラウド化する構想でした。次にがん専門薬剤師の知見共有サービスに挑戦。しかしマネタイズの詰めが甘く、「誰が対価を払うのか」という壁に直面しました。そこで視点を変え、人材紹介に多額の費用が流れている“確実なペイン”に焦点を当てました。病院は紹介会社に高額な手数料を払い、その多くが広告費に消えてしまう。現場にとってメリットの薄い所にお金が回り、働く人は楽にならない。この悪循環を変えるために、今の「SNSで現場のリアルを伝え、見学・応募へ直結させる」モデルに至りました。

看護師にフォーカスした理由は。

薬剤師不足も課題ですが、病院側のニーズと市場規模の大きさは圧倒的に看護師です。採用コストも高く、離職・転職の流動性も大きい。まずは看護師で結果を出し、その後に薬剤師など他職種へ横展開する方針です。現状、採用支援の主軸は看護師(免許必須)と看護助手(免許不要)で約9割を占めます。

2. SNSを活用した“自分で選べる採用”の特徴と独自性

採用の手段としてInstagramやTikTokの縦型動画に着目された背景と、従来の転職サイトやエージェントにはない特長について教えてください。

近年、転職は特別な決断ではなく“当たり前の選択肢”となりつつあり、「今すぐ転職したい層」だけでなく「条件が良ければ動きたい」という潜在層が大きな割合を占めています。その人たちが日常的に触れているのが、InstagramやTikTokといったSNSです。自然に流れてくる縦型動画を通じて、病院の“空気感”やスタッフのリアルな姿を直感的に伝えられる点が、私たちの大きな強みだと考えています。

さらに重要なのは、候補者自身が「自分で判断できる」ということです。従来のエージェント経由では、紹介される情報を受け身で受け取るしかなく、その結果として入職後にミスマッチが生じやすいという課題がありました。これに対し、私たちの動画では職場の雰囲気や人間関係、収入レンジなどを早い段階からイメージできるため、候補者が「ここなら行きたい」と能動的に判断できます。そのプロセスこそが、病院・看護師双方にとって満足度の高いマッチングにつながっているのです。

情報の質が離職率にも影響しますよね。

その通りです。エージェント経由で入職した場合には、一定の割合で早期離職が発生してしまい、これは病院・看護師双方にとって不幸な結果です。これに対して私たちのサービスを経由して入職したケースでは、少なくとも「人間関係や環境のギャップ」を理由に辞めた例は今のところゼロです。現場のリアルをきちんと伝えることが、結果としてミスマッチを減らすことにつながっています。

「動画×採用」は参入障壁が低い印象ですが、どこで差がつくのでしょう。

ただ動画を作るだけでは、採用には直結しません。経験上、10〜20万再生に届いてようやく1人採用につながる感覚があります。私たちは広告に頼らず、オーガニックで伸ばすノウハウを蓄積してきました。

また医療領域では、「バズればいい」という発想は通用しません。広告規制や炎上リスクに対する配慮は必須です。さらに病院は超多忙であるため、毎月の撮影といった運用は現実的ではありません。そこで、現場の負荷を下げながら継続的に情報発信できる仕組みを設計しています。

この再生を「伸ばす技術 × 医療リテラシー × 運用設計」を組み合わせることで、動画の再生を伸ばしています。これこそが差別化ポイントです。

採用導線では、どのような工夫をされていますか。

当初はAmazonギフトや直接電話番号を載せるなども試しましたが、効果は限定的でした。最終的に一番効いたのは、「企業メッセージ」「給与明細レンジ」「職場の雰囲気」といった“生の情報”です。これらを打ち出すことでコメントが増え、DMにつながり、さらに100コメントに1件ほどの割合で見学・応募へと進んでいきます。

動画の構成も、独自のオリジナルを無理に作るのではなく、すでにバズっているフォーマットをリスペクトし、病院情報に置き換える。その工夫が成果につながっています。

3. 検証から確信へ、PoCと立ち上げの壁、KPI、チーム、そしてビジョン

PoCはどのように進め、どんな学びがありましたか。

きっかけは横浜市立みなと赤十字病院の副院長 兼 看護部長との出会いでした。介護領域ではTikTokでの職場紹介が先行しており、「病院でもやってみよう」と動画を試作。1本目がいきなり10万再生を超え、「これはいける」と手応えを得ました。
ただ、その後にご紹介から中小病院での支援を試すと、数百再生で止まってしまう。そこで改めてSNSの構成やリファレンス活用(=バズっている動画の型を分析して病院紹介に応用する手法)を研究し、試行錯誤を重ねました。結果として、ブランド力の弱い病院でも5〜10万再生を出せるようになり、「見せ方次第で伸ばせる」と確信。開始から半年ほどで中小病院で実際に採用が決まった瞬間、「事業化への確かな道筋が見えました」。

立ち上げで一番の壁は何でしたか。どのように越えましたか。

最大の壁は、病院側の理解を得ることでした。立ち上げ当初は無償で取り組んでいましたが、こちらが「採用につなげたい」と意気込んでも、病院の最優先は診療。広報やマーケティングは後回しになりがちで、確認依頼が重なると「もうやめてくれ」と厳しく言われることもありました。いま思えば、無料だからこそ「私たちの都合」を押しつけてしまっていた面があったのだと思います。になってくると感じています。

病院の中には事務長・看護部長・現場スタッフといった複数のレイヤーがあり、それぞれに納得してもらう必要があります。現場スタッフには「本業以外でも楽しかった」と思ってもらう。看護部長には「無理なく想いを形にできる」と感じてもらう。事務長には「費用対効果」に納得いただく。役割ごとに異なる期待や関心に合わせたコミュニケーションと運用設計が重要でした。

一度成果が出れば、その情報は口コミで他の病院にも広がります。現在は、お仕事をいただいている病院の約半数がご紹介経由となっています。

事業づくりで最も大事だと実感したことを教えてください。

二つあります。第一に「想いだけでは成立しない。お金が発生する仕組みであること」です。医療領域では「製薬会社が負担してくれるだろう」といった楽観がありがちですが、実際は予算縮小の傾向が強い。だからこそ、誰が・何に・いくら払うのかを現実的に設計する必要があります。

第二に「徹底した顧客視点」です。採用が決まっても、現場に不満が残るようでは意味がありません。関わるすべての人が納得し、満足できる状態をどう描くかを突き詰めることが重要だと考えています。

KPIや今後のマイルストーンを教えてください。

出向先と共有している目標は「5年で売上10億円」。その先には100億円規模に育つ可能性を見据え、2026年9月までに事業の芽を形にすることをKPIとしています。SNS事業単体でも1〜2億は見込めますが、それだけでは中小企業規模にとどまってしまう。社会を変えるスケールの仕組みを実現していきたいと思っています。

現在のチーム体制はどのようになっていますか。

会社設立後は、戦略・広報・採用を担う少数精鋭のメンバーが中核となり、将来的には正社員化も視野に入れています。皆さん、相場の5分の1〜10分の1という条件でも「想い」に共感して関わってくださっています。僕の目指す世界と今の実力のギャップを見て「力を貸したい」と支えてくださる、その姿は“親心”のようです。僕自身の強みは、とにかく愚直にやり続けられること。ほぼ24時間、頭の中は仕事でいっぱいです。

最後に、「medich」のビジョンと、新規事業に挑戦する方へのメッセージをお願いします。

ビジョンは「医療者が笑顔で働ける世界をつくること」です。報酬に見合わない負荷を背負いながらも「患者さんのために」と懸命に働く医療従事者が、少しでも楽になり、笑顔でいられる社会を実現したいと考えています。

新規事業に挑戦する方へのメッセージは、「やってる感から早く卒業しよう」です。ビジコンやイベント参加は大切な学びの機会になりますが、そこで満足してしまうと時間だけが過ぎてしまいます。顧客からお金をいただいて初めてビジネスは成立します。投資家が本当に投資したくなるのは、顧客に支持されている会社です。まずは現場で価値を提供し、対価を得る。その積み重ねこそが、未来を切り拓く力になると信じています。

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